羞恥とは、恥ずかしいという意味

恥ずかしいの語源は、恥(はじ)です。

辞書によると

恥(はじ)とは

・世の人に対し面目・名誉を失うこと。
自分の弱点についての引け目。
(人並みでないとして)他人から受けた侮辱(ぶじょく)・物笑い。

・恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心。

となっています。

動物に羞恥心はあるのか

犬や猿には恥という概念はあまりないとされていますが、感覚的に群れの中での順位付けのある動物の場合には「順位に基づかない扱い」を受けたときの違和感には、人間が感じる恥の感覚が含まれているかもしれません。

犬は、群れの上位のものから食べ物を食べますが、「その順列が乱されたにもかかわらず、怒ったり、喧嘩したり、回復したりできない状態」は、恥の状態に近いのではないかと考えられます。

現代人の感じる羞恥

現代人の場合、代表的には不用意に体を見られたり、意図せずに下着が見えていたりしたとき、反射的に隠す心理状態の中に恥が含まれているようです。

他にも屈辱という感情の中にも恥は含まれています。こちらは感情そのものよりは、より社会的要素が強い概念で、「地位にふさわしくない扱いを受けた」などを含みます。

いずれにしても、本来の自我認識がAという状態であったにもかかわらず、思いがけずBというより低い状態、違う状態に陥った、陥れられた、ということの差異が、屈辱、恥、羞恥という状態を表現します。

・普通に服を着ている状態だと思っていたのに、下着が見えていた
・裸は見えていないと思っていたのに、裸が見られていた
・将軍として扱われると考えていたのに、兵卒として扱われた
・女性として扱われると思っていたのに、男性として扱われた
・大人として扱われると思っていたのに、子供として扱われた
・キスするつもりはなかったのに、無理やりキスされた
・体を触られたくなかったのに、体を触られた
・身体的特徴について触れられたくなかったのに、話題にされた
・人前で怒られたくなかったのに、ひどく叱責された
などになります。

これらは主に社会的ポジションや、礼儀、常識の中で、自我を規定している社会的動物ならではの感覚だと思えば、同じ社会的動物が感じる羞恥や屈辱に近いのかもしれません。

また、セクハラ、モラハラなど、多くの「意に沿わない状態を強制される」というのも、結局は「自我を侵害される屈辱」を含んでおり、羞恥にもかなり近い状態と言えそうです。

現代語でよく言われる「羞恥プレイ」とは

今の世の中では「羞恥プレイ」という言葉は実は様々な使われ方をしています。

たとえば
・発表会の壇上で予定にないのに思いがけず恥ずかしい思いをしている状態
・すごくかっこいい人に挟まれて、普通の外見でしかない自分が写真に写っている状態

など、自分が置かれて羞恥を感じた状態や、思わず赤面してしまった状態、そのときには気づかなかったけれども、後から考えて恥ずかしいなぁと思うような状態について、「羞恥プレイだった」などと述懐するときに使われる事が多いようです。


また、自分に限らず芸能人などの第三者についても
・すごく可愛い人の隣で、あまりかわいくない芸能人が写っている状態を揶揄するとき
・モデルのように背が高い人の間に、可愛いけれども背が低い人が挟まれている状態

など、「単に羞恥を感じるであろう状態」を表現するよりは、「第三者が羞恥を感じてるはずだと、発言者が独自に判断している状態」のことを表現するために使われることが多いようです。

多くの場合、第三者について言及するときには揶揄を含んでおり、こちらはあまりいい意味で使われていないのではないかと思います。

さて、ここから先は「性的な羞恥プレイ」について考察します

ここからは「社会的な羞恥状態」ではなく、「性的な羞恥状態」または「性的な羞恥状態を利用した性的コミュニケーション」についてより詳細な考察をしてみます。

性的な羞恥は、基本的には不快感

たとえば、多くの女性が羞恥を感じることは多々あります。

・裸を見られる
・裸ではなくてもスカートの中のパンツや、少し見え隠れする下着を見られること
・意に沿わないキスを強制されること
・レイプ
などです。

これらは多くの場合、屈辱を含んでおり、レイプなどは「心の殺人」と言われるほどの凄まじい犯罪です。

たとえば、脱税をしても誰の心も傷つきませんし、人が死ぬわけでもありません。場合によっては露見すらしません。

このように、多くの犯罪が「自然社会的には悪くないけれど、社会的に秩序が必要なので悪いことにしておくね」という犯罪なのに対して、殺人、傷害、強姦(レイプ)というのは、ほんとうの意味で人を傷つける罪です。

しかしそれらの羞恥的不快感を歓びに変えてしまう嗜好があります

プレイというのは、遊びという意味であり、それが楽しみになるときにのみ、プレイと呼ばれます。

本来なら不快感があるはずの様々な事柄に、性的興奮を感じる人はそれなりに多いのです。

これが、それほど異常でないことがすぐにわかる事例があります。

異性に性的興味を感じる男女の場合、同性の体臭で性的興奮をすることはありませんし、場合によっては不快感を生じますが、同性同士であればどちらかというと不快感を生じるような体臭でも、異性であれば性的興奮に繋がります。

単純にスイッチが違うだけなのです。

そもそも、性的興奮を生じるとされる性感帯にも、様々な強度や、場所の違いがあり、ある人は足首であったり、ある人は背中であったり、ある人は耳であったり、ある人は舌であったりします。でも、ある人にとっての性感帯が、あるひとにとっては「触られると不快な場所」ということはよくあることです。

「ある人にとって不快なことが、ある人にとって性的興奮につながる」というのは、実は多くのみなさんが日常的に経験していることなのです。

不快感に快感を感じることを倒錯と呼びますが

たまたま、ほとんどの人が不快に感じる感覚を性的興奮に変えてしまうことを、性的倒錯と呼びます。

匂い、味、触感、資格、音などの五感のほか、シチュエーションにも性的倒錯がありますし、バイクや機械などに性的興奮をする人や、異種動物に興奮する人もいます。

これは人間だけではなく動物園の動物が人間の飼育係に惚れるという話はよくあることですし、昨今、同性愛を精神医学での治療対象から外したのは、ほとんどの生物に同性愛が存在することがわかったためです。

また、本来、赤ちゃんが苦いものと酸っぱいものを嫌がるのは、苦いものはアルカリ性、酸っぱいものは酸性であり、自然界で腐敗か発酵しているものはそのどちらかに偏ることが多いため、危険なことが多いためです。しかし、多くの大人は一定の酸味と苦味を味覚として楽しんでいます。

SMも辛味嗜好も倒錯!?

味覚的倒錯はこれにとどまりません。
味覚の受容体には、酸味、苦味、塩味、甘み、旨味しかなく、辛味を感じることはできません。辛味をどうやって感じているかと言うと、なんと「痛み」なのです。

ムチで叩かれて性的に興奮する人を性的倒錯していると判断しますが、痛みで味覚的快楽を感じている人を倒錯とは呼びませんが、その実態は全く同じです。

「羞恥プレイ」という、羞恥を性的興奮に変化させる倒錯もまた、そうした現代社会のバリエーションの中でのひとつに過ぎません。

羞恥プレイ嗜好の確認の仕方

大部分の羞恥プレイ嗜好の人には、自覚がありません。

「誰でもが、恥ずかしいだけで性的に興奮する」と思っているためです。

考えてみれば、性的傾向を他人とシェアすることは極めて稀なのです。明らかに倒錯と考えられる、臭いもの嗜好や、汚いもの嗜好であれば、人が嫌うものに興味を感じるわけですから、すぐにわかるものの、羞恥というのはセックスや生活の中に普通に馴染んでいて、そこまで忌み嫌われてはいません。

これは、セックスの前にはみんな裸になったり、最初のセックスだとみんな恥じらったりするためもあるようです。

密室の中で2人で裸になれば、嫌でもシチュエーション的にはそこからの性的交流を想像させますから、

裸=セックスを想像=性的興奮
が、

羞恥=性的興奮
と混同されやすいためでもあります。

また、恥じらいが強いだけで、羞恥によって性的には興奮しないという性格の人も多数います。

日本女性は恥じらいが強い

一般に日本人女性はとても羞恥心が強いとされています。

これは民族的に今でもやまとなでしこの名残が残っているからかもしれません。明治時代にやまとなでしこのイメージを世界に印象づけた1枚の写真があるのですが、この写真とは笑っている顔を扇子で隠してる写真でした。

本来、女性が1番つくしく見える表情は笑顔とされており、通常は自分が笑っているカオをできるだけ多くの人に見てもらうことが女性としてる美しさのアピールとされており、その1番アピールすべき表情をセンスで隠している写真が多くの欧米人に衝撃を与えたのでした。

それから100年以上たった現在でも、やはり日本人女性は恥じらいが深いのが現実のようです。

もっとも、日本人は男女問わず自己主張やボディランゲージが弱く、あまり相手に強いイメージを与えないという民族性もあるようです。

なんにしても、羞恥心で性的興奮を感じるかどうか以前に、羞恥心そのものが強いのが日本女性の特徴であるようです。

こうした事情から、羞恥プレイを望む男性にとっては日本女性かモットも好ましい女性になっているようです。

羞恥心は薄れる?

通常、多くの女性は年齢と共に羞恥心が弱まっていくとされています。

果たして本当にそうでしょうか?

介護施設に入ったおばあさんが若い男性の介護士に服を脱がされると赤面するというのはよく聞く話です。そうした基本的な尊厳というのは、すべての人にとって年齢とともに薄れるものではないようです。

ただ、羞恥プレイを好む女性の場合、何年間恋人とつきあっていても、普通の人の初回のセックスにように毎回恥じらいつづけるという話はよく聞きます。普通の男性から見れば「いつまで恥じらっているんだ」ともどかしく思うこともあるようですが、羞恥心に萌える男性からすればとても可愛らしいことです。

また、触られることで感じる普通の体の性感帯がだんだん感じにくくなっていくということをあまり考えにくいのはわかると思いますが、羞恥心で性的興奮を感じるという事は、心の中に性感帯があるということであり、その性感帯が年齢とともに感じにくくなっていくということもまたほとんど起こりません。

この意味、羞恥で性的興奮を感じる女性の場合は、とりわけ羞恥心が失われにくい性質をしてるとも言えます。

性感帯が繰り返されし触られることによってどんどん感度が強くなるのと同じで、羞恥心による性的感受性もいちど感じるようになってしまえばそれが感じなくなることはほとんどありえないのです。

羞恥プレイが上手い男性は、女性が自分で妄想さえしなかったシチュエーションや、言葉での誘導が可能で体の性感帯が増えていくように心の性感帯を増やしていくことができるのです。

羞恥プレイはSM?

さて、羞恥プレイはSMでしょうか?

責める側と責められる側が決まっているという意味合いでは、その側面があるかもしれませんが、そもそもセックスは男性がアクティブでなければ、挿入が成立しませんので、セックスそのものが責める側と責められる側が決まっているコミュニケーションともいえます。

羞恥プレイに関して言えば、男性のほうが羞恥心が強く女性のほうがその羞恥心を責めるという組み合わせはあまり聞きませんので、この意味ではSMというよりもセックスに近い行為かもしれません。

実際、羞恥プレイを好む女性はMからドMであることがほとんどです。

ただ、本人たちはあまり自分が強めのMである自覚がないことがほとんどです。これは次で説明します。

普通のSMと違うところ

通常、SMと言うと拘束したり、痛みを与えたりするイメージがあると思います。

羞恥プレイがSMだとしても、必ずしも拘束を必要とはしませんし、痛みは強く忌避されます。

言葉責めと言われるプレイでも、罵倒や命令されることを嫌う女性は多く、一般にイメージされる強圧的なコミュニケーションでは性的興奮が冷めてしまう人がほとんどです。

このことが、羞恥プレイを希望する女性のほとんどが自分もあまりMだと自覚していないことの理由だと思います。

ただし、軽い拘束で性的興奮を感じる羞恥プレイ嗜好の女性は多く、この点から多くの羞恥プレイ好みの女性は自分が完全なノーマルだとは思っていないようです。

羞恥プレイを望む男性は非常に少ない

羞恥プレイを望む女性はすくなくとも多数派ではありません。正確な調査などはありませんがおそらく人口の5〜10%程度ではないかと感じている男性が多いようです。

しかし、羞恥プレイを望む男性は、もっとずっと少ないです。

そもそもSMでSの男性が全体の4割として、そのうち羞恥プレイを望む男性は2%程度ではないかと思われます。

この計算が正しければ、羞恥プレイの責めを望む男性は1%以下ということになります。全年齢でこの数字ですから、人口が少ない20代などだと、ほとんどいないことになります。

これは羞恥プレイを楽しんでいる男女に聞いてみても、同じような印象を持つ人が多いようです。

女性で、羞恥プレイで責められたいという願望を持っていても、一生のうちにそれを果たせる人はほとんどいないというのが現実のようです。

羞恥プレイを望む女性によくあるミスマッチ

SMバーなどでも羞恥プレイの男女が出会う確率の低さは認識されています。

S男性のほとんどは、縛り、拘束、痛みを伴う打撃などを好む、打撃系と言われるSMプレイを好みます。

羞恥プレイは、打撃系プレイに対して心理系プレイと呼ばれ、実態は全く別物です。

しかし、M女性にとってみれば、いくらかでも責めてくれる男性とお付き合いしようとすると、我慢して打撃系のプレイをすることがおおく、お店の人によると「女性がぼろぼろになっていくのがとても可愛そう」なんだそうです。

はじめての羞恥プレイの年齢は?

ほとんどの羞恥プレイを望む女性が、実際の羞恥プレイを一切経験せずに一生を終えるようです。

上に書いたように、めったに出会えないためです。

複数の羞恥プレイのお相手と出会った男性によると、最初の羞恥プレイは二十代後半が一番多く、それより年令を重ねると、徐々に一生を未経験で終わる人の割合が増えていくようです。

かと思えば、早い人では十代の頃に初めてお付き合いした相手が羞恥プレイの相性があった人もいます。それはそれで、その後の一生で羞恥プレイの相性があう人に出会うことはほとんどなく、やはり三十歳前後でお相手を積極的に探すことになる人が多いそうです。

どこで相手を探すの?

・SMバーなどでの紹介
・出会い系サイト(有料、無料)
・ブログなどで「羞恥プレイ」「羞恥系」「羞恥系M」、派生では「焦らし系」「焦らしプレイ」などで探して、相手を募集している人を見つける
・乱交パーティーなどに行って相性が良さそうな人を探す

などのようです。

羞恥プレイをしたい男性は少なく、羞恥プレイをしたい女性が多めですから、女性から男性を探すことがほとんどのようです。

普通の出会いであれば、女性は出会い系サイトでいくらでも相手が見つかりますから、正反対ということになります。

ただ、言葉責めなど、言葉遣いの相性などはブログや紹介文、出会う前の事前の電話などでかなり把握しやすく、「セックスをしてみるまでセックスが上手いかどうかわからない」という多くの出会いに比べて、羞恥プレイを目指したお相手探しは実際に出会うまでに相性のかなりの部分がわかりますし、なりすましの見分けも簡単です。

リスクはないの?

どのように出会っても人と人の出会いですから、リスクはつきものです。もちろん、リターンもあります。
人は社会性の動物なので、どのみちひとりでは生きていけません。

引き寄せの法則」と言われますが、仕事にしても友達にしても「あまりいい相手と出会えていないな」という時期には、悪い出会いを引き寄せる可能性がありますから、性的な出会いを求めるのは要注意かもしれません。

自分が今現在、いい出会いを引き寄せているかどうかは、「新しく出会った人、昔から知っている人を含めて、ここ一年間で仲良くなった人」を思い浮かべるとわかります。

この一年間であまりいい思いをしていないのであれば、あなたにとって悪いものを引き寄せている可能性があります。

逆に、いい出会いの連鎖の中にいることが確認できたら、羞恥プレイなどに関しても新しい出会い探しに積極的になっても、比較的得られるものは大きいかもしれません。

事前に、メール、電話などで、詳細に連絡をとってみれば、徐々にわかってくることはあるものです。少しでも違和感を感じたら、自分の直感を信じて次の出会いを探すようにしてみましょう。

羞恥プレイで得られるもの

実際に、良い羞恥プレイをした女性の話を聞くと「長年の夢だった。子供の頃からずっと妄想ばかりしていた。勇気を出して実現してみてよかった」という声が多いです。

つまり、一番得られるものは「妄想の現実化」「気持ちよさ」でしょう。

それまで刺激してもらえなかった心の中の性感帯を刺激してもらえる経験ですから、全く別次元のセックス経験になる人はたくさんいるようです。

あと、男性側からの意見としては「女性がきれいになった」というものがあります。これは証拠がないわけではなく、実際にキャバ、風俗などのスカウトが増えたり、ナンパされる回数が増えたりするようです。

人間の五感は生きていく上で大切な感覚ですから、それをそれまでとは違う次元で満たしてあげることは、確実に人生の質を変えても不思議はないのかもしれません。

羞恥プレイというコミュニケーション

羞恥プレイというと、文字としてはプレイ=遊びにも見えますが、「相手を思いやって気持ちいいことをしてあげる」というコミュニケーションとしては、セックスと何ら変わることがありません。

普通のセックスでは、主に男性が自分勝手なセックスコミュニケーションを行ってしまうというのがよくある事例で、相性が悪くても女性が我慢しておつきあいしているということもよくあるようですが、羞恥プレイの場合には「女性の反応」を見たくてコミュニケーションを取っていますから、男性が自分勝手にセックスをするというのはありえないことになります。

相手の反応のみを頼りに進んでいくセックスという意味では、参加者の2人にとって良いコミュニケーションになりやすい側面が強いのです。

羞恥プレイを望む女性の傾向

複数の羞恥プレイの交際相手を経験した男性によると、羞恥プレイを望む女性には、「羞恥心」「Mっけ」のほかにいくつかの共通点があるといいます。

・好奇心が強い
・想像力、妄想力がある
・社会的地位や学歴と関係なく、知能指数がとても高い
とのこと。

羞恥プレイそのものが脳内で羞恥を快楽に変えるものですから、打撃系プレイなどの倒錯性に比べると、想像力に頼った部分が大きいのも事実です。

羞恥プレイの中にも様々な種類があります

プレイの様々な種類は後述しますが、羞恥プレイから外れてしまう「痛い&汚い」が強く嫌われるのはもちろん、羞恥プレイの中でも「罵倒されたくない」「蔑まれたくない」「行動を命令されたくない」という女性もいれば、ある程度激しい言葉で威圧的に責められたい女性もいます。

羞恥プレイに興味がない人から見ると、わずかな差なのですが、「そのひとことで冷める」という細かい違いをあまり説明せずにわかってもらえる人に出会える確率はそう高くないらしいのです。

また、羞恥プレイをして欲しいけれども、軽い打撃系のSMプレイも欲しい人もいます。

そんな中でも、具体的な羞恥プレイを列記してみましょう。

視姦プレイ

裸や体の一部分、顔などを嬲るように強く見つめることで、強い恥じらいを与えようとする羞恥プレイです。睨むような目で見られることを好む羞恥プレイが好きな女性や、ただ黙って見つめられるのが好きな女性、様々に身体の変化や観察を口に出して説明されるのが好きな女性がいます。

必ずしもヌードや下着である必要はなく、着服のままや一部分を露出するだけでもこのプレイは行えるようです。

バリエーションとしては、磔拘束をされてとか、拘束されてとか、全裸でとか、目隠しをされて、わずかに身体的接触をしながらなど、多彩です。

目隠しをされると、どこをどう見られているかわからず、わずかな身体的接触として不意に息を吹きかけられたり、身体の近くで声がするあたりを見られていると想像したりで、視姦性が増すこともあるようです。

わずかな身体的接触によって分泌液や充血など、身体に様々な変化が出るのを観察、指摘されることでも羞恥心が増すということもあります。

関係性によっては恥ずかしい部分の露出を強いたり、女性自ら露出する権限を与えて、表面上はプレイの主導権を与え、その行為そのものでさらなる羞恥心を醸成したりもします。

また、性行為の最中ずっと「目を見させられる」ことで、興奮する羞恥プレイ好きの女性もいるようです。

通常の性行為では目を見ながらというのはあまり多くはないそうですが、羞恥プレイが好きな女性は大抵の場合、目を見られると性的に興奮します。恥じらいが強い女性たちですから、当初は「そんなことができるかどうかわからない」と言いますが、実際に一度やってしまうと、やみつきになることも多いそうです。

言葉責めプレイ

羞恥プレイの基本であり、女性の需要に対して、男性側の供給が極端に少ない部分です。

ただ、ネット等での出会いでも、実際に会う前に言葉責めの相性は容易に確かめられますから、本当に出会おうとして努力した場合、女性側から相性のいい男性を探すのはそれほど難しくないようです。

羞恥を感じる言葉やシチュエーションは、実に様々なパターンがあり、男性側の言葉責め能力は相性というよりは女性の希望や羞恥のツボを理解して、そこを集中的に責めることにあるようです。

女性側のバリエーションとしては、単純に身体に現れた性的興奮(充血や分泌液など)を指摘されることが最も恥ずかしいという人もいれば、「診察」などの言葉に強く羞恥心を感じる女性もいます。

「診察」というシチュエーションでの羞恥心は「本来ならば医者から身体に触られても性的に興奮しないはずなのに、服を脱ぐという恥ずかしさから性的に興奮してしまう」という現実の経験が下敷きになっていることもあるようです。

また、目隠しされてのプレイの場合は、「複数の人に見られている」という妄想誘導や、「誰と性行為をしているか確認できないのに身体に性的興奮が現れている」など、強く女性の羞恥性に依存した誘導やプレイが可能になることもあるようです。

羞恥プレイが好きな女性にとっては、羞恥心は心の中の性感帯です。身体の性感帯は物理的接触によって、通常のセックスでも容易に確認できますが、心の中の性感帯はそこに響く言葉やシチュエーションを作ってもらわなければ刺激されません。

このような心の中の性感帯は、女性本人が認識していないことも多く、また、認識している場合にも、それを開示することはその性感帯を刺激されることを意味し、そのような羞恥で性的に興奮するという自分の性質に強い羞恥を伴うことが多く、なかなか口にできません。

男性側が試行錯誤しながらそうした心の中の性感帯を探すしかなく、相性以上にスキルが問われる部分かと思います。

焦らしプレイ

羞恥系のプレイでなくても、男性側に技術的負担が重いとされるのがこの焦らしプレイです。

まず難しいとされるのは、テレビ等にも出ている1000人の男性と性交渉したという女性の話は「焦らしプレイが好きな人は、最低限女性を感じさせることができる」と言っていますが、これはこの通りで、感じさせなければ焦らすことができないのが何割かの男性にとっては最初の課題になるでしょう。

次に難しいとされるのは「感じさせられてもどこで止めると焦らしになるのかわからない」ことのようです。

「女性が快感に埋没した」あと、「エクスタシーを迎えるまで」でなければならず、女性によってはこのふたつの間があまり離れていないこともあり、また、離れていたとしても一般の自分勝手な性交渉をしているだけの男性にはその段階がよくわからず、焦らしが難しいとされるようです。

焦らしの先には「寸止め」と呼ばれるエクスタシーのわずかな直前で性的刺激を止めるというさらに高度なプレイがあり、これはこれで難しいとされているようです。

しかし、一般的な羞恥プレイが好きな男性にとって、それほどのハードルではありません。多数派の男性が難しいとするのは、そもそも女性の変化をあまり感じていないからです。そもそも、女性の状態が一番わかる「瞳の中」を観察し続けながら性交渉することもあまりありません。

存在としてはほとんどいないとされる、羞恥プレイが好きな男性ですが、その男性たちにとっては焦らしプレイ、寸止めプレイはそこまで難しいことではないと考えられています。

ちなみに焦らしプレイそのものは羞恥プレイではありません。

ただし、痛みや強い命令を与えない羞恥プレイにとって、焦らしは数少ない女性に対する圧力的な行為であり、性的枯渇を糧に、様々な羞恥プレイを命令、ないしは自発的行動させられるのです。

「焦らしをやめてほしい」
という目的のために

「恥ずかしいお願いをしなさい」
「自分で服を脱ぎなさい」
「恥ずかしい行為をしなさい」
など、様々な羞恥状態に追い込んでいくことを可能にするための、有効なツールなのです。

強姦プレイ

これは、「本当の強姦(レイプ)はもちろん不快だけれど、強姦ふうに少し乱暴に扱われつつセックスすると興奮する」という性癖を持っている女性に対して、「強姦ではない状態」を確立して「強姦のような状態」を演出してあげるセックスです。

書いたように、強姦とは、遺伝子を残すという生物的目的に沿った、根源的な交配という作業を、意に沿わない形で実現する、根源的な犯罪であり、全くの不快感につながるもののはずですが、「そのように演出する」ことで、性的興奮する人がいるのです。

ただし、最大の問題は、羞恥プレイ全体に言えることですが「実際には安全で、なおかつ心理的には屈辱的なセックス」を提供してくれる性的相性がなかなかマッチングされないことです。