羞恥プレイ、本気の詳細解説

性的な羞恥プレイの分類と実例

総論として

結局はパートナーに「気持ちよくなってもらう」「性的に興奮をしてもらう」ための方法です。

人によって様々な物理的な性感帯があるのと同じで、人によって様々に心理的な性感帯(興奮ポイント)があるわけです。

さて、どんな性的な羞恥プレイがあるのでしょうか? 

見られるプレイ

「見られて性的に興奮する」という様々な事例です。「見られそう」という緊張感によるものを含みます。

衣服などに関するものは、注目を集めて恥じらわせるものが多いです

 
でもいちばん大切なのは「どこからが違法なのか」

気持ちよくなっても犯罪者として捕まってしまったらどうしょうもないですよね。では、どこまでの露出プレイが違法なのでしょうか?

かなり昔、「渋滞した高速道路で上半身裸で歩いている女性を見た」という話をラジオで聞いたことがあったのですが、それもこうした露出系の羞恥プレイだったのかもしれません。

上半身が裸になるだけでは、猥褻物陳列罪にはならない可能性があるようですが、軽犯罪法のほうで罪になるようですので、かなりリスクが高い羞恥プレイだったようです。

少し脱線しますが、この意味「人に見られる場所であえぎ顔になる」ことが犯罪になるかどうかはインターネット上に質問も事例も回答もなく、まったくわかりませんでした。声や表情が猥褻物である可能性は残りますね。

現実のあえぎ顔の研究では、あえぎ顔と、痛いときの顔はそっくりだそうで、実際には見分けるのが難しいのかもしれません。状況から、バレてしまいそうではありますが。

ちなみにハプニングバーで人から見える場所でのセックスは明確に違法です。では人から性器が見えないオナニーであれば大丈夫かと言うと、基本的には大丈夫なようなのですが、状況によっては微妙になったりするようです。ただし、オナニーしていることがバレなければ、確実に合法なようです。

後述しますが、リモコンバイブプレイがここに入りますね。

車の中で男性が上半身裸で運転しているぶんには問題ないようですが、下半身も裸だと、すぐには見えなくても違法になるようですから、結局は「エッチなことをしているのばバレなければ、確実に大丈夫」なようです。

結論として

「他人にばれない範囲の露出羞恥プレイ」はまず大丈夫。
「他人にバレる露出羞恥プレイ」の場合は、場合による。
ということのようです。

動画や写真の流出に関して

また、動画や写真の撮影に関してですが、最近はどこから流出するかわかりません。ただし、「顔」と「裸」が一緒に写っていなければ、流出しても誰の裸であるかの確認はできませんから、かなりリスクは下がります。

どうしてもパートナーが写真を撮りたいと言ったときには、顔が映らないようにお願いしてみましょう。

 
さて実例です。

手錠、首輪をさせる

これには2種類あり、人目につくところでアクセサリのように首輪をさせるものと、2人きりの部屋で拘束感のある手錠や首輪をさせるものです。

人目につくところでのネックレス代わりのように首輪をさせることは「服従の意思表示」として、2人だけの取り決めにすることで、デートや、外歩きのときの連帯感を高め、同時に「誰かに気づかれるかもしれない」というドキドキ感が性的興奮につながるようです。

場合によっては、首輪が自分で外せないように南京錠でろっくしてしまいます。服従の意思表示であるならば、その鍵を自分で外してご主人さまに手渡しするのです。「ご主人さまの好きなときに外してください」という隷属と服従の表現になります。

人気が少ないところに行ってキスをするときには、首輪で顔を引き寄せられてキスされるのが好きだという羞恥系M女性もいます。首輪を意識させられることで、隷属と屈辱を強く意識できるためでしょう。

典型的な警察が使うような手錠でなく、革手枷のようなものであれば、両手首をつなげたりしなければ、ブレスレット代わりのアクセサリに見えなくもありません。特にゴシック系のファッションでは実際にこのようなアクセサリをすることもあるので、やはり「服従の意思表示」としてこのようなアイテムを使うカップルもいるようです。もちろん、革手枷も南京錠で固定することもできますしね。

下着を着用させない。ノーパン、ノーブラ

普通のスカートやジャケットを着ていれば、ノーパン、ノーブラでも実際に誰かにそれが気づかれる可能性はほとんどないと言えますが、場合によっては「ノーパン、ノーブラが周囲から気づかれるような服装」を強制させられることもあります。

周囲から見つからないということは、羞恥プレイのリスクがほとんどゼロになるということでもあります。

ただ、周囲から見えなくても緊張したり、性的に興奮したりするM女性はいますので、その女性に対応したプレイです。

周囲から見つかるようにするプレイもあります。

この場合だと、夏の昼間に、薄めの白いTシャツを来て、ノーブラであればかなりはっきりと乳輪などが見えてしまいますし、超ミニスカートでノーパンであっても、直接股間が見えてしまうでしょう。

考えたかによってはこの2ポイントが見えてしまうということは、かなり全裸に近い服装で歩いているのと同じですから、ジロジロ見られることになります。

羞恥プレイの中では、見つからないようにするプレイより、ずっとディープなプレイです。

ただ、乳首だけであれば、Tシャツの下などで露出されていなければ、犯罪になる可能性は低そうです。

年齢や場所にそぐわない格好をさせる

具体的には上半身だけでも水着にブラウスを羽織って混雑する電車に乗せたり、大人に見える女性にセーラー服を着せたり、観光地でバニーガールの格好をさせたりです。

周囲から好奇の眼差しで見られるますし、実際にそこまで視線を集めていなくても、「見られているかもしれない」という緊張感も高まっていますから、かなり恥ずかしいようです。

恥ずかしい行為を見られるもの

鏡の前でのセックス、愛撫は、恥じらう羞恥系M女性が多いですね。

ただ鏡に写すだけではなく、鏡の中自分の顔、目をちゃんと見るように命令してセックスされるのは、かなり恥ずかしいようです。

 限定動画公開

ネット上に動画を公開するのはかなりリスクが高いですが、人数限定でエッチな動画を公開しようと思うのであれば、カラオケボックスの個室などで、本人がいる前で、本人のセックスのときの表情を見せるというのはありますね。

あまりにも恥ずかしいことでしょうから、本人の同意がなければ強制はできないでしょうし、見せられる側の男女も、見たくない人はいるかもしれません。

セックスのときの声と表情、時にはエクスタシーの瞬間を動画で見られるだけで、エクスタシーに達してしまった女性もいました。

同席者に、目の前にいる本人と、動画の中の感じている顔を交互に覗き込まれるのが、とても恥ずかしいようでした。

羞恥プレイと言っても、実際のセックスを実演してみせるのは、様々にハードルが高いですが、動画の力を借りることで、ほぼ似たような結果を得ることもできます。

リモコンバイブプレイ

「恥ずかしいことをしているのがバレるかもしれない、でも気持ちいい」という状態を作ります。まさか街中でそんなプレイをしているとは思う人は多くありませんし、実際に、恥ずかしいところが露出されているわけではないので、なかなかばれづらいようです。

人が少なめの平日の大きな公園や、参観者が少ない公開古民家、美術館博物館などが、近くにひとがいるときに把握しやすく、このプレイのために比較的環境が良いとされるようですね。

服従させるプレイ

恥ずかしいことを言わせる

普通の人なら「セックスを要求する」というのは、普通のコミュニケーションのひとつですが、羞恥系M女性にとっては、とても恥ずかしいことです。

そのうえ、性交渉とは直接の関係がない特定の言葉を言わされることにも強い羞恥を感じることもあります。

具体的には「性行為を下品におねだりする言葉」「辱めてくださいとお願いさせる言葉」などが多いです。

・性行為を下品におねだりする言葉

「**の**に、**を入れてください」
「**の**に、**を打ち込んでください」
「**の**を、気持ちよくしてください」

・辱めてくださいとお願いさせる言葉

「**の表情がみっともなく、恥ずかしくなるのを見届けてください」
「**が激しくエクスタシーを迎えるのを、ごらんください」
「**が大声で気持ちよくなるのをお許しください」

大抵の場合は、言いなさいと命令しても言いづらいほど恥ずかしい言葉を言わせようとすると、性的に枯渇状態にしてこのような恥ずかしい言葉を言わせることも多いようです。

言わされることに抵抗しようとすると、さらに枯渇状態が続くことになります。

オナニーさせる

羞恥系M女性にとっては、通常のセックスでも十分に恥ずかしいのに、自分でオナニーをさせられるのはもっと恥ずかしいことのようです。

セックスよりもハシタナイ行為と感じる人が多いためです。

また、通常はオナニーも恋人であっても人前でする行為ではなく、それを誰が相手でも人に見せるというのは、強い非日常が伴います。

羞恥系SMプレイでは、命令どおりに、オナニーを続けさせたり、再開させたりして、厳格な命令下に置くということも行われます。

さらに大人のおもちゃを使うように指示され、使わされることで、後述の「おもちゃを使う」という羞恥も同時に感じさせることができます。


大人のおもちゃを使う

ノーマルな性交渉とは、通常の挿入などを行うということですが、この見地からは「大人のおもちゃ」という道具を使う行為は、やはり非日常的で、アブノーマルな経験になります。

「おもちゃに感じさせられて、気持ちよくなる」ということに、屈辱を感じる羞恥系M女性もいます。

また、大抵の場合、「通常のセックスよりも心や肌のぬくもりは小さいのに、性的には無理やり興奮させられてしまう」という認識も働くようです。

クリトリスについてなどは「通常の指での刺激よりも体だけは感じてしまうけれど、それは指というぬくもりがない道具」ですし、膣内挿入の場合は「人のぬくもりがない道具に接触させられて、男性の人体はすでに興奮していないのに、道具に感じさせられてしまう」という思考が働きます。

実際、クリトリスによるエクスタシーは、弛緩なく緊張が続くため、肉体的満足感、心理的多幸感が薄く、これを長時間にわたって続けられると、かなりの屈辱を感じることもあるようです。 

パートナー以外との性行為を強要

これに性的興奮を感じるのか、心身の危険から冷めてしまうのかは、大きく分かれるところになるのではないでしょうか。

避妊が発達したのはごく最近のことで、基本的にはセックスは人類にとっては子孫を残す行為であり、好きでない人の子孫を残すということは、一定の心理的リスクを伴います。出産そのものにリスクがあったためです。

実は、今の文化人類学の多数派学説では、日常的な性的パートナーでない人との性行為が日常的に行われていた可能性はかなり高いため、これが正しければ、好きな人に他の人との性行為を見られることで興奮するのは、あまり珍しいことではなく、人類本来の感情である可能性もあります。

にしても、S男性側も同時にこのことに興奮するには、様々なめぐり合わせや、相性が必要になることでしょう。

ちなみに、現代ではハプニングバーでは似たような行為を行うことができるかもしれません。

3、物理的羞恥

物理的になんらかの影響を与えて、羞恥心を感じさせるプレイです。

よだれ

主にはボールギャグというゴルフボール大の穴開きのボールを猿ぐつわとして口に噛ませると、よだれが押さえられなくて垂れてきます。

M女性によっては、おもらしなどと同じように感じるらしく、かなりの屈辱と興奮が得られるようです。

拘束をした上でこのボールギャグを噛まされると、自分では外せませんから、かなりの屈辱的で恥ずかしいプレイになりますね。

鼻フック

鼻にフックを引っ掛けて、豚鼻にするプレイです。顔に影響を与えて、ブスにする、変な顔にするというプレイです。

類似のものに、口に歯科用の開口機をはめて、歯茎と口中を開放するものなどもあります。こちらは、性的に感じている声を押さえられなくする効果もあります。

絆創膏などを使って、垂れ目、吊り目などを変化させることもあるほか、髪型をわざとブスに見えるように変えたりもするようです。

変な顔になった状態を、鏡に写してみせたり、写真に撮ったり、録画したり、その状態で性的に感じさせたり、大声をあげさせたりすることで、さらに興奮が増すM女性もいます。

その興奮のままセックスするカップルもいそうですね。

排泄

尿は汗や涙と同じで体から分泌された時点では無菌ですが、便は体の中にある状態から多数の菌が存在しており不潔なものです。もちろん、衣類が汗臭くなるように、そのままにしておくといずれ不潔になりますが、分泌された時点では特に汚いわけではありません。

つまり、尿を使ったプレイは、すぐに洗ったりすれば、あまり身体に危険のあるプレイではありません。自分の涙や汗が口に入っても、そこまで不快や清潔上の危険に感じる人が少ないのと同じです。

さて、そうした尿も、羞恥プレイでは、排泄を見られることで興奮したり、体に尿をかけられることで興奮したり、無理やり排泄させられることで屈辱を感じたりするM女性は一定数います。

筆者が実際に会ったM女性には、エクスタシーを迎えると、排尿してしまう羞恥系M女性もいましたが、排尿にも強い羞恥を感じる性格だったため、毎回、エクスタシーそのものが強烈な羞恥だったようです。

排便を見られるのが恥ずかしいのは、やはりトイレが個室になっていることと関わりがあるかもしれません。本来ならば、他人に見せることがない行為ですから、それが見られるというのは非日常状態です。

SMプレイでは、浣腸などで排便を強制するプレイがあり、拘束して逃げることも抵抗することもできない状態で浣腸をします。同じ部屋の中で複数の人に見られている状態で排便強制するプレイなどはAVには時々あるシチュエーションですね。

 

羞恥とは、恥ずかしいという意味

恥ずかしいの語源は、恥(はじ)です。

辞書によると

恥(はじ)とは

・世の人に対し面目・名誉を失うこと。
自分の弱点についての引け目。
(人並みでないとして)他人から受けた侮辱(ぶじょく)・物笑い。

・恥ずべき事柄を恥ずかしいと思う人間らしい心。

となっています。

動物に羞恥心はあるのか

犬や猿には恥という概念はあまりないとされていますが、感覚的に群れの中での順位付けのある動物の場合には「順位に基づかない扱い」を受けたときの違和感には、人間が感じる恥の感覚が含まれているかもしれません。

犬は、群れの上位のものから食べ物を食べますが、「その順列が乱されたにもかかわらず、怒ったり、喧嘩したり、回復したりできない状態」は、恥の状態に近いのではないかと考えられます。

現代人の感じる羞恥

現代人の場合、代表的には不用意に体を見られたり、意図せずに下着が見えていたりしたとき、反射的に隠す心理状態の中に恥が含まれているようです。

他にも屈辱という感情の中にも恥は含まれています。こちらは感情そのものよりは、より社会的要素が強い概念で、「地位にふさわしくない扱いを受けた」などを含みます。

いずれにしても、本来の自我認識がAという状態であったにもかかわらず、思いがけずBというより低い状態、違う状態に陥った、陥れられた、ということの差異が、屈辱、恥、羞恥という状態を表現します。

・普通に服を着ている状態だと思っていたのに、下着が見えていた
・裸は見えていないと思っていたのに、裸が見られていた
・将軍として扱われると考えていたのに、兵卒として扱われた
・女性として扱われると思っていたのに、男性として扱われた
・大人として扱われると思っていたのに、子供として扱われた
・キスするつもりはなかったのに、無理やりキスされた
・体を触られたくなかったのに、体を触られた
・身体的特徴について触れられたくなかったのに、話題にされた
・人前で怒られたくなかったのに、ひどく叱責された
などになります。

これらは主に社会的ポジションや、礼儀、常識の中で、自我を規定している社会的動物ならではの感覚だと思えば、同じ社会的動物が感じる羞恥や屈辱に近いのかもしれません。

また、セクハラ、モラハラなど、多くの「意に沿わない状態を強制される」というのも、結局は「自我を侵害される屈辱」を含んでおり、羞恥にもかなり近い状態と言えそうです。

現代語でよく言われる「羞恥プレイ」とは

今の世の中では「羞恥プレイ」という言葉は実は様々な使われ方をしています。

たとえば
・発表会の壇上で予定にないのに思いがけず恥ずかしい思いをしている状態
・すごくかっこいい人に挟まれて、普通の外見でしかない自分が写真に写っている状態

など、自分が置かれて羞恥を感じた状態や、思わず赤面してしまった状態、そのときには気づかなかったけれども、後から考えて恥ずかしいなぁと思うような状態について、「羞恥プレイだった」などと述懐するときに使われる事が多いようです。


また、自分に限らず芸能人などの第三者についても
・すごく可愛い人の隣で、あまりかわいくない芸能人が写っている状態を揶揄するとき
・モデルのように背が高い人の間に、可愛いけれども背が低い人が挟まれている状態

など、「単に羞恥を感じるであろう状態」を表現するよりは、「第三者が羞恥を感じてるはずだと、発言者が独自に判断している状態」のことを表現するために使われることが多いようです。

多くの場合、第三者について言及するときには揶揄を含んでおり、こちらはあまりいい意味で使われていないのではないかと思います。

さて、ここから先は「性的な羞恥プレイ」について考察します

ここからは「社会的な羞恥状態」ではなく、「性的な羞恥状態」または「性的な羞恥状態を利用した性的コミュニケーション」についてより詳細な考察をしてみます。

性的な羞恥は、基本的には不快感

たとえば、多くの女性が羞恥を感じることは多々あります。

・裸を見られる
・裸ではなくてもスカートの中のパンツや、少し見え隠れする下着を見られること
・意に沿わないキスを強制されること
・レイプ
などです。

これらは多くの場合、屈辱を含んでおり、レイプなどは「心の殺人」と言われるほどの凄まじい犯罪です。

たとえば、脱税をしても誰の心も傷つきませんし、人が死ぬわけでもありません。場合によっては露見すらしません。

このように、多くの犯罪が「自然社会的には悪くないけれど、社会的に秩序が必要なので悪いことにしておくね」という犯罪なのに対して、殺人、傷害、強姦(レイプ)というのは、ほんとうの意味で人を傷つける罪です。

しかしそれらの羞恥的不快感を歓びに変えてしまう嗜好があります

プレイというのは、遊びという意味であり、それが楽しみになるときにのみ、プレイと呼ばれます。

本来なら不快感があるはずの様々な事柄に、性的興奮を感じる人はそれなりに多いのです。

これが、それほど異常でないことがすぐにわかる事例があります。

異性に性的興味を感じる男女の場合、同性の体臭で性的興奮をすることはありませんし、場合によっては不快感を生じますが、同性同士であればどちらかというと不快感を生じるような体臭でも、異性であれば性的興奮に繋がります。

単純にスイッチが違うだけなのです。

そもそも、性的興奮を生じるとされる性感帯にも、様々な強度や、場所の違いがあり、ある人は足首であったり、ある人は背中であったり、ある人は耳であったり、ある人は舌であったりします。でも、ある人にとっての性感帯が、あるひとにとっては「触られると不快な場所」ということはよくあることです。

「ある人にとって不快なことが、ある人にとって性的興奮につながる」というのは、実は多くのみなさんが日常的に経験していることなのです。

不快感に快感を感じることを倒錯と呼びますが

たまたま、ほとんどの人が不快に感じる感覚を性的興奮に変えてしまうことを、性的倒錯と呼びます。

匂い、味、触感、資格、音などの五感のほか、シチュエーションにも性的倒錯がありますし、バイクや機械などに性的興奮をする人や、異種動物に興奮する人もいます。

これは人間だけではなく動物園の動物が人間の飼育係に惚れるという話はよくあることですし、昨今、同性愛を精神医学での治療対象から外したのは、ほとんどの生物に同性愛が存在することがわかったためです。

また、本来、赤ちゃんが苦いものと酸っぱいものを嫌がるのは、苦いものはアルカリ性、酸っぱいものは酸性であり、自然界で腐敗か発酵しているものはそのどちらかに偏ることが多いため、危険なことが多いためです。しかし、多くの大人は一定の酸味と苦味を味覚として楽しんでいます。

SMも辛味嗜好も倒錯!?

味覚的倒錯はこれにとどまりません。
味覚の受容体には、酸味、苦味、塩味、甘み、旨味しかなく、辛味を感じることはできません。辛味をどうやって感じているかと言うと、なんと「痛み」なのです。

ムチで叩かれて性的に興奮する人を性的倒錯していると判断しますが、痛みで味覚的快楽を感じている人を倒錯とは呼びませんが、その実態は全く同じです。

「羞恥プレイ」という、羞恥を性的興奮に変化させる倒錯もまた、そうした現代社会のバリエーションの中でのひとつに過ぎません。

羞恥プレイ嗜好の確認の仕方

大部分の羞恥プレイ嗜好の人には、自覚がありません。

「誰でもが、恥ずかしいだけで性的に興奮する」と思っているためです。

考えてみれば、性的傾向を他人とシェアすることは極めて稀なのです。明らかに倒錯と考えられる、臭いもの嗜好や、汚いもの嗜好であれば、人が嫌うものに興味を感じるわけですから、すぐにわかるものの、羞恥というのはセックスや生活の中に普通に馴染んでいて、そこまで忌み嫌われてはいません。

これは、セックスの前にはみんな裸になったり、最初のセックスだとみんな恥じらったりするためもあるようです。

密室の中で2人で裸になれば、嫌でもシチュエーション的にはそこからの性的交流を想像させますから、

裸=セックスを想像=性的興奮
が、

羞恥=性的興奮
と混同されやすいためでもあります。

また、恥じらいが強いだけで、羞恥によって性的には興奮しないという性格の人も多数います。

日本女性は恥じらいが強い

一般に日本人女性はとても羞恥心が強いとされています。

これは民族的に今でもやまとなでしこの名残が残っているからかもしれません。明治時代にやまとなでしこのイメージを世界に印象づけた1枚の写真があるのですが、この写真とは笑っている顔を扇子で隠してる写真でした。

本来、女性が1番つくしく見える表情は笑顔とされており、通常は自分が笑っているカオをできるだけ多くの人に見てもらうことが女性としてる美しさのアピールとされており、その1番アピールすべき表情をセンスで隠している写真が多くの欧米人に衝撃を与えたのでした。

それから100年以上たった現在でも、やはり日本人女性は恥じらいが深いのが現実のようです。

もっとも、日本人は男女問わず自己主張やボディランゲージが弱く、あまり相手に強いイメージを与えないという民族性もあるようです。

なんにしても、羞恥心で性的興奮を感じるかどうか以前に、羞恥心そのものが強いのが日本女性の特徴であるようです。

こうした事情から、羞恥プレイを望む男性にとっては日本女性かモットも好ましい女性になっているようです。

羞恥心は薄れる?

通常、多くの女性は年齢と共に羞恥心が弱まっていくとされています。

果たして本当にそうでしょうか?

介護施設に入ったおばあさんが若い男性の介護士に服を脱がされると赤面するというのはよく聞く話です。そうした基本的な尊厳というのは、すべての人にとって年齢とともに薄れるものではないようです。

ただ、羞恥プレイを好む女性の場合、何年間恋人とつきあっていても、普通の人の初回のセックスにように毎回恥じらいつづけるという話はよく聞きます。普通の男性から見れば「いつまで恥じらっているんだ」ともどかしく思うこともあるようですが、羞恥心に萌える男性からすればとても可愛らしいことです。

また、触られることで感じる普通の体の性感帯がだんだん感じにくくなっていくということをあまり考えにくいのはわかると思いますが、羞恥心で性的興奮を感じるという事は、心の中に性感帯があるということであり、その性感帯が年齢とともに感じにくくなっていくということもまたほとんど起こりません。

この意味、羞恥で性的興奮を感じる女性の場合は、とりわけ羞恥心が失われにくい性質をしてるとも言えます。

性感帯が繰り返されし触られることによってどんどん感度が強くなるのと同じで、羞恥心による性的感受性もいちど感じるようになってしまえばそれが感じなくなることはほとんどありえないのです。

羞恥プレイが上手い男性は、女性が自分で妄想さえしなかったシチュエーションや、言葉での誘導が可能で体の性感帯が増えていくように心の性感帯を増やしていくことができるのです。

羞恥プレイはSM?

さて、羞恥プレイはSMでしょうか?

責める側と責められる側が決まっているという意味合いでは、その側面があるかもしれませんが、そもそもセックスは男性がアクティブでなければ、挿入が成立しませんので、セックスそのものが責める側と責められる側が決まっているコミュニケーションともいえます。

羞恥プレイに関して言えば、男性のほうが羞恥心が強く女性のほうがその羞恥心を責めるという組み合わせはあまり聞きませんので、この意味ではSMというよりもセックスに近い行為かもしれません。

実際、羞恥プレイを好む女性はMからドMであることがほとんどです。

ただ、本人たちはあまり自分が強めのMである自覚がないことがほとんどです。これは次で説明します。

普通のSMと違うところ

通常、SMと言うと拘束したり、痛みを与えたりするイメージがあると思います。

羞恥プレイがSMだとしても、必ずしも拘束を必要とはしませんし、痛みは強く忌避されます。

言葉責めと言われるプレイでも、罵倒や命令されることを嫌う女性は多く、一般にイメージされる強圧的なコミュニケーションでは性的興奮が冷めてしまう人がほとんどです。

このことが、羞恥プレイを希望する女性のほとんどが自分もあまりMだと自覚していないことの理由だと思います。

ただし、軽い拘束で性的興奮を感じる羞恥プレイ嗜好の女性は多く、この点から多くの羞恥プレイ好みの女性は自分が完全なノーマルだとは思っていないようです。

羞恥プレイを望む男性は非常に少ない

羞恥プレイを望む女性はすくなくとも多数派ではありません。正確な調査などはありませんがおそらく人口の5〜10%程度ではないかと感じている男性が多いようです。

しかし、羞恥プレイを望む男性は、もっとずっと少ないです。

そもそもSMでSの男性が全体の4割として、そのうち羞恥プレイを望む男性は2%程度ではないかと思われます。

この計算が正しければ、羞恥プレイの責めを望む男性は1%以下ということになります。全年齢でこの数字ですから、人口が少ない20代などだと、ほとんどいないことになります。

これは羞恥プレイを楽しんでいる男女に聞いてみても、同じような印象を持つ人が多いようです。

女性で、羞恥プレイで責められたいという願望を持っていても、一生のうちにそれを果たせる人はほとんどいないというのが現実のようです。

羞恥プレイを望む女性によくあるミスマッチ

SMバーなどでも羞恥プレイの男女が出会う確率の低さは認識されています。

S男性のほとんどは、縛り、拘束、痛みを伴う打撃などを好む、打撃系と言われるSMプレイを好みます。

羞恥プレイは、打撃系プレイに対して心理系プレイと呼ばれ、実態は全く別物です。

しかし、M女性にとってみれば、いくらかでも責めてくれる男性とお付き合いしようとすると、我慢して打撃系のプレイをすることがおおく、お店の人によると「女性がぼろぼろになっていくのがとても可愛そう」なんだそうです。

はじめての羞恥プレイの年齢は?

ほとんどの羞恥プレイを望む女性が、実際の羞恥プレイを一切経験せずに一生を終えるようです。

上に書いたように、めったに出会えないためです。

複数の羞恥プレイのお相手と出会った男性によると、最初の羞恥プレイは二十代後半が一番多く、それより年令を重ねると、徐々に一生を未経験で終わる人の割合が増えていくようです。

かと思えば、早い人では十代の頃に初めてお付き合いした相手が羞恥プレイの相性があった人もいます。それはそれで、その後の一生で羞恥プレイの相性があう人に出会うことはほとんどなく、やはり三十歳前後でお相手を積極的に探すことになる人が多いそうです。

どこで相手を探すの?

・SMバーなどでの紹介
・出会い系サイト(有料、無料)
・ブログなどで「羞恥プレイ」「羞恥系」「羞恥系M」、派生では「焦らし系」「焦らしプレイ」などで探して、相手を募集している人を見つける
・乱交パーティーなどに行って相性が良さそうな人を探す

などのようです。

羞恥プレイをしたい男性は少なく、羞恥プレイをしたい女性が多めですから、女性から男性を探すことがほとんどのようです。

普通の出会いであれば、女性は出会い系サイトでいくらでも相手が見つかりますから、正反対ということになります。

ただ、言葉責めなど、言葉遣いの相性などはブログや紹介文、出会う前の事前の電話などでかなり把握しやすく、「セックスをしてみるまでセックスが上手いかどうかわからない」という多くの出会いに比べて、羞恥プレイを目指したお相手探しは実際に出会うまでに相性のかなりの部分がわかりますし、なりすましの見分けも簡単です。

リスクはないの?

どのように出会っても人と人の出会いですから、リスクはつきものです。もちろん、リターンもあります。
人は社会性の動物なので、どのみちひとりでは生きていけません。

引き寄せの法則」と言われますが、仕事にしても友達にしても「あまりいい相手と出会えていないな」という時期には、悪い出会いを引き寄せる可能性がありますから、性的な出会いを求めるのは要注意かもしれません。

自分が今現在、いい出会いを引き寄せているかどうかは、「新しく出会った人、昔から知っている人を含めて、ここ一年間で仲良くなった人」を思い浮かべるとわかります。

この一年間であまりいい思いをしていないのであれば、あなたにとって悪いものを引き寄せている可能性があります。

逆に、いい出会いの連鎖の中にいることが確認できたら、羞恥プレイなどに関しても新しい出会い探しに積極的になっても、比較的得られるものは大きいかもしれません。

事前に、メール、電話などで、詳細に連絡をとってみれば、徐々にわかってくることはあるものです。少しでも違和感を感じたら、自分の直感を信じて次の出会いを探すようにしてみましょう。

羞恥プレイで得られるもの

実際に、良い羞恥プレイをした女性の話を聞くと「長年の夢だった。子供の頃からずっと妄想ばかりしていた。勇気を出して実現してみてよかった」という声が多いです。

つまり、一番得られるものは「妄想の現実化」「気持ちよさ」でしょう。

それまで刺激してもらえなかった心の中の性感帯を刺激してもらえる経験ですから、全く別次元のセックス経験になる人はたくさんいるようです。

あと、男性側からの意見としては「女性がきれいになった」というものがあります。これは証拠がないわけではなく、実際にキャバ、風俗などのスカウトが増えたり、ナンパされる回数が増えたりするようです。

人間の五感は生きていく上で大切な感覚ですから、それをそれまでとは違う次元で満たしてあげることは、確実に人生の質を変えても不思議はないのかもしれません。

羞恥プレイというコミュニケーション

羞恥プレイというと、文字としてはプレイ=遊びにも見えますが、「相手を思いやって気持ちいいことをしてあげる」というコミュニケーションとしては、セックスと何ら変わることがありません。

普通のセックスでは、主に男性が自分勝手なセックスコミュニケーションを行ってしまうというのがよくある事例で、相性が悪くても女性が我慢しておつきあいしているということもよくあるようですが、羞恥プレイの場合には「女性の反応」を見たくてコミュニケーションを取っていますから、男性が自分勝手にセックスをするというのはありえないことになります。

相手の反応のみを頼りに進んでいくセックスという意味では、参加者の2人にとって良いコミュニケーションになりやすい側面が強いのです。

羞恥プレイを望む女性の傾向

複数の羞恥プレイの交際相手を経験した男性によると、羞恥プレイを望む女性には、「羞恥心」「Mっけ」のほかにいくつかの共通点があるといいます。

・好奇心が強い
・想像力、妄想力がある
・社会的地位や学歴と関係なく、知能指数がとても高い
とのこと。

羞恥プレイそのものが脳内で羞恥を快楽に変えるものですから、打撃系プレイなどの倒錯性に比べると、想像力に頼った部分が大きいのも事実です。

羞恥プレイの中にも様々な種類があります

プレイの様々な種類は後述しますが、羞恥プレイから外れてしまう「痛い&汚い」が強く嫌われるのはもちろん、羞恥プレイの中でも「罵倒されたくない」「蔑まれたくない」「行動を命令されたくない」という女性もいれば、ある程度激しい言葉で威圧的に責められたい女性もいます。

羞恥プレイに興味がない人から見ると、わずかな差なのですが、「そのひとことで冷める」という細かい違いをあまり説明せずにわかってもらえる人に出会える確率はそう高くないらしいのです。

また、羞恥プレイをして欲しいけれども、軽い打撃系のSMプレイも欲しい人もいます。

そんな中でも、具体的な羞恥プレイを列記してみましょう。

視姦プレイ

裸や体の一部分、顔などを嬲るように強く見つめることで、強い恥じらいを与えようとする羞恥プレイです。睨むような目で見られることを好む羞恥プレイが好きな女性や、ただ黙って見つめられるのが好きな女性、様々に身体の変化や観察を口に出して説明されるのが好きな女性がいます。

必ずしもヌードや下着である必要はなく、着服のままや一部分を露出するだけでもこのプレイは行えるようです。

バリエーションとしては、磔拘束をされてとか、拘束されてとか、全裸でとか、目隠しをされて、わずかに身体的接触をしながらなど、多彩です。

目隠しをされると、どこをどう見られているかわからず、わずかな身体的接触として不意に息を吹きかけられたり、身体の近くで声がするあたりを見られていると想像したりで、視姦性が増すこともあるようです。

わずかな身体的接触によって分泌液や充血など、身体に様々な変化が出るのを観察、指摘されることでも羞恥心が増すということもあります。

関係性によっては恥ずかしい部分の露出を強いたり、女性自ら露出する権限を与えて、表面上はプレイの主導権を与え、その行為そのものでさらなる羞恥心を醸成したりもします。

また、性行為の最中ずっと「目を見させられる」ことで、興奮する羞恥プレイ好きの女性もいるようです。

通常の性行為では目を見ながらというのはあまり多くはないそうですが、羞恥プレイが好きな女性は大抵の場合、目を見られると性的に興奮します。恥じらいが強い女性たちですから、当初は「そんなことができるかどうかわからない」と言いますが、実際に一度やってしまうと、やみつきになることも多いそうです。

言葉責めプレイ

羞恥プレイの基本であり、女性の需要に対して、男性側の供給が極端に少ない部分です。

ただ、ネット等での出会いでも、実際に会う前に言葉責めの相性は容易に確かめられますから、本当に出会おうとして努力した場合、女性側から相性のいい男性を探すのはそれほど難しくないようです。

羞恥を感じる言葉やシチュエーションは、実に様々なパターンがあり、男性側の言葉責め能力は相性というよりは女性の希望や羞恥のツボを理解して、そこを集中的に責めることにあるようです。

女性側のバリエーションとしては、単純に身体に現れた性的興奮(充血や分泌液など)を指摘されることが最も恥ずかしいという人もいれば、「診察」などの言葉に強く羞恥心を感じる女性もいます。

「診察」というシチュエーションでの羞恥心は「本来ならば医者から身体に触られても性的に興奮しないはずなのに、服を脱ぐという恥ずかしさから性的に興奮してしまう」という現実の経験が下敷きになっていることもあるようです。

また、目隠しされてのプレイの場合は、「複数の人に見られている」という妄想誘導や、「誰と性行為をしているか確認できないのに身体に性的興奮が現れている」など、強く女性の羞恥性に依存した誘導やプレイが可能になることもあるようです。

羞恥プレイが好きな女性にとっては、羞恥心は心の中の性感帯です。身体の性感帯は物理的接触によって、通常のセックスでも容易に確認できますが、心の中の性感帯はそこに響く言葉やシチュエーションを作ってもらわなければ刺激されません。

このような心の中の性感帯は、女性本人が認識していないことも多く、また、認識している場合にも、それを開示することはその性感帯を刺激されることを意味し、そのような羞恥で性的に興奮するという自分の性質に強い羞恥を伴うことが多く、なかなか口にできません。

男性側が試行錯誤しながらそうした心の中の性感帯を探すしかなく、相性以上にスキルが問われる部分かと思います。

焦らしプレイ

羞恥系のプレイでなくても、男性側に技術的負担が重いとされるのがこの焦らしプレイです。

まず難しいとされるのは、テレビ等にも出ている1000人の男性と性交渉したという女性の話は「焦らしプレイが好きな人は、最低限女性を感じさせることができる」と言っていますが、これはこの通りで、感じさせなければ焦らすことができないのが何割かの男性にとっては最初の課題になるでしょう。

次に難しいとされるのは「感じさせられてもどこで止めると焦らしになるのかわからない」ことのようです。

「女性が快感に埋没した」あと、「エクスタシーを迎えるまで」でなければならず、女性によってはこのふたつの間があまり離れていないこともあり、また、離れていたとしても一般の自分勝手な性交渉をしているだけの男性にはその段階がよくわからず、焦らしが難しいとされるようです。

焦らしの先には「寸止め」と呼ばれるエクスタシーのわずかな直前で性的刺激を止めるというさらに高度なプレイがあり、これはこれで難しいとされているようです。

しかし、一般的な羞恥プレイが好きな男性にとって、それほどのハードルではありません。多数派の男性が難しいとするのは、そもそも女性の変化をあまり感じていないからです。そもそも、女性の状態が一番わかる「瞳の中」を観察し続けながら性交渉することもあまりありません。

存在としてはほとんどいないとされる、羞恥プレイが好きな男性ですが、その男性たちにとっては焦らしプレイ、寸止めプレイはそこまで難しいことではないと考えられています。

ちなみに焦らしプレイそのものは羞恥プレイではありません。

ただし、痛みや強い命令を与えない羞恥プレイにとって、焦らしは数少ない女性に対する圧力的な行為であり、性的枯渇を糧に、様々な羞恥プレイを命令、ないしは自発的行動させられるのです。

「焦らしをやめてほしい」
という目的のために

「恥ずかしいお願いをしなさい」
「自分で服を脱ぎなさい」
「恥ずかしい行為をしなさい」
など、様々な羞恥状態に追い込んでいくことを可能にするための、有効なツールなのです。

強姦プレイ

これは、「本当の強姦(レイプ)はもちろん不快だけれど、強姦ふうに少し乱暴に扱われつつセックスすると興奮する」という性癖を持っている女性に対して、「強姦ではない状態」を確立して「強姦のような状態」を演出してあげるセックスです。

書いたように、強姦とは、遺伝子を残すという生物的目的に沿った、根源的な交配という作業を、意に沿わない形で実現する、根源的な犯罪であり、全くの不快感につながるもののはずですが、「そのように演出する」ことで、性的興奮する人がいるのです。

ただし、最大の問題は、羞恥プレイ全体に言えることですが「実際には安全で、なおかつ心理的には屈辱的なセックス」を提供してくれる性的相性がなかなかマッチングされないことです。